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やっぱりエロRPGが好きだなぁ、というお話

10月1日
読了時間: 6分

更新日:10月2日

こんにちは、どにちです。

エロRPG、いいですよね。

こんなエロゲーサークルのブログを読みに来ている方なら思いは同じでしょう。


自分はエロRPGの名作の数々に憧れ、いろんな作品を遊んで感想をしゃべったり

自分でも開発エンジンをいじっているうちにルネズファーマシーに関わり、

シュヴァリエ・ヒストリエの制作をすることになり、今に至っています。


この3行の間にかなり長い時間が過ぎているので、自分が当時からイメージするエロRPGと、今現在の方々がイメージするエロRPGには開きがあるかもしれませんね。


自分が考えるのは、やはり「プリンセスサクリファイス」や「ハルウル」です。

女の子の主人公の基本一人旅(場合により仲間もいる)であり、敵との戦闘中や敗北後に犯されてしまうシーンがあり、基本的には拠点となる1つの街を中心としてその周辺のダンジョンに挑んでいくスタイル。

画面は見下ろし2Dの、いわゆる昔のドラクエみたいなやつ……という感じ。


男の子が主人公のスタイルもあって、商業ゲーで言えばランスのように主人公が強くなって行く先々の女性たちを美味しくいただいていっちゃうぜという志向のものもあれば、「もんむすクエスト」のようにショタくんが女性モンスターに負けると犯されちゃうようなやつもあります。


なので男主人公、女主人公というジャンル名でこれらを区別することもあります。

もちろんルネズファーマシーやシュヴァリエ・ヒストリエは女主人公モノに分類されます。

最近の名作だと「アンホーリーメイデン」も該当するでしょう。


話題が逸れすぎるのでおさえていますが、本当はもっともっと名前を挙げたい名作があります。


 ・


PICOPICOSOFTのメンバーである前に、自分はまずオタクで、女主人公モノのエロRPGの愛好家です。

これを語ろうとするとまとまりもなく極めて個人的な思い込みを垂れ流してしまうわけですが、いったんそのへん抜きにして語れることも多数あります。


そのひとつが女主人公エロRPGの「合理性」です。


インディーゲームという言葉が認知されて盛り上がる前からアンダーグラウンドで「えっちなゲームが好きなんだよぉ~!」とか「DQとかFFとかFEのムフフな匂わせ展開の先が見たいんだよぉ~!」とかの熱い思いを抱えたオタクがだいたいひとりでシコシコ作っていたのがエロRPGです。



原作DQ1ぐらいの規模であってもゲームとはかなり巨大なメディアであり、これを少数のオタクが余暇の時間でコツコツ年数をかけたとしてもそうそう完成するものではありません。

それでも完成させるため、幾多の先人たちが知恵を出し、経験則的に得た学びが

エロRPGのよくあるフォーマットを作り出しました。

つまりこれは、個人・少人数規模でも作品を成立させられるよう洗練された合理的な形なのです。

もっと簡単に言えば少ない工数でゲームがまとまるようにする工夫です。


上でもさらっと書きましたが

「基本的には拠点となる1つの街を中心としてその周辺のダンジョンに挑んでいくスタイル」というのが、そうした合理性の一種です。

町一個つくるのってエラい大変なので、これが1つで済むだけで全然違ってくるわけです。

本来は別の町にいって新しい人と新しい会話をすることで演出していたストーリーの進行感は、おなじ町のままでも細かくフラグによって同じ町人でも言うことが変化するようにすれば代替可能です。

これはエロRPGに限らないというか、健全フリーゲームでもよく見られるので、こちらから学ばせてもらったことかなと思います。



エロ要素に関して言えば、男主人公よりは女主人公の方がグラフィック面でも作りやすいです。

デザインするかわいい女の子がひとりで済むからですね。



男主人公でランス方式にすると、女の子がおおぜい居た方が嬉しいのでそれだけデザインすべきキャラが増えます。

バリエーションを出す中では描きやすい子と描きにくい子の違いもあるでしょう。

ボイスも付けたいとか言いだしたらさらにとんでもないことになります。


これに比べると主人公を女の子にして、その受難というていでえっちなシーンの数を担保する方が楽なんですね。

最初から同じキャラを何度も描く想定でデザインできる点も有利です。また別に「貧乳の眼鏡っ子しか描きたくない」ぐらい自分のフェチが完成されている作家さんにとっても、こっちの方がよいやり方でしょう。




えっちシーンについても「段階エロ」という概念があります。

シーン1つ1つで基本絵(スチル)がまったく別物で、シーンごとに全然違うものを見せられればそれに越したことはありませんが、なかなかそうも行きません。スチル1枚描くのだって大ごとです。なので、小規模開発に適したフォーマットとして、同じスチルを使いまわしながら「段階」によって変化を出します。

段階というのは主人公の女の子がその行為に順応していく精神的な変化の過程です。


正常位の挿入を正面から素直にとらえた構図のスチルがあるとしたら、

 段階1 まだ行為に抵抗があるので、スマタとか手だけの前戯のみで終わる

 段階2 挿入はするけど、恥じらいが残る

 段階3 挿入にも慣れた女の子は大いに乱れた表情を見せる

といった感じで、男性の部位の差分と女の子の表情バリエーション、それにテキストの変化で1つの基本絵によって実質3シーンぶんのボリューム(体験)を担保していこう、というのが段階エロです。

結果的におなじ行為に対するリアクションが変わっていくことで独特の感興が生じ、省力的だけど熱い演出になっています。こっちはエロCG集とかの文化に共通する手法ですね。


この精神的な変化(段階)に付随する形で「淫乱度」なるパラメーターがあり、えっちなことをすると淫乱度が溜まり、淫乱度が一定値以上になるとよりえっちなことができるようになる...というゲームのサイクルが回るわけですね。


さらには、これによりなんなら非挿入の軽いえっちなイベントを何度も起こして淫乱度を稼いで、処女は保ったまま他のえっちなことをやりまくる遊びとかも生まれてきます。




話の流れで「処女を保つかどうか」という話も出てきました。これがエロRPGの醍醐味でもあります。

エロRPGでは普通のRPGとしてまじめに遊ぶこともできるし、エロを受け入れることがチートのように働き、主人公の女の子の処女性を消費することでゲーム的な恩恵を早期に受けられたりします。ちまちまモンスター倒すより楽にお金を稼げるとか。

RPGにはリソース管理ゲーの側面もありますが、そのリソースとして処女性が加わっているのがエロRPGです。

合理性の話からは逸れて来ていますが。




……とまあこんな感じで、ガラパゴス的な進化を遂げた文化かもしれませんが、それによって独特かつ合理的なおもしろさがみちみちに詰まっているのです。

極端な話、どにちはエロRPGのエロ抜きがあったとしても、それもそれで大真面目にRPGとして面白いはずだと思っています。

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1件のコメント


匿名 ユーザー
匿名 ユーザー
10月02日

お初です。

自分は男主人公のエロRPGの愛好家なのですが、その理由の一つが、記事で語られている「合理性」と少し違ったところにあります。


記事では、少人数でも作品を成立させるための制作上の合理性として、拠点を一つに絞ることや、同じキャラクター・スチルを使い回して段階的に変化をつけることなどが挙げられていました。

自分も、こうした積み重ねによってエロRPG独自のフォーマットが形成されてきた、という話は非常に面白いと思いました。


その上で、記事後半の「処女性をリソースとして扱う」という話について、自分はもう一つ別の意味でエロRPGの合理性を考えています。

RPGには、戦闘や探索などの「試練」をこなすことで、レベル、装備、物語の進行などの「報酬」を得るという構造があります。エロRPGでは、さらに「エロシーンの解放」という報酬が加わる。

そして記事にあるように、場合によっては処女性を消費することで、金銭や能力などのゲーム上のメリットまで得られる。そうなると、プレイヤーから見れば、処女性を含めて様々なものをリソースとして管理しながら、より効率よく報酬を獲得していくゲームになります。


ここで自分が気になるのが、「プレイヤーにとって合理的な選択」と「主人公にとって合理的な選択」は一致しているのか、という点です。

例えば、プレイヤーにとっては「このシーンを見たい」「この行為を選択したほうがゲーム上有利」という理由がある。しかし、その主人公自身はその行為を望んでいない、という場合、プレイヤーの目的と主人公の動機の間にズレが生じます。

エロRPGでは、普通のRPG以上にこの問題が大きくなりやすいように思います。

レベルアップや新しい装備なら、主人公とプレイヤーの目的を一致させるのは簡単です。強くなりたい、冒険を進めたい、敵を倒したい、などですね。

一方で、主人公が望んでいない性的な出来事を「プレイヤーにとっての報酬」として配置する場合、その出来事を主人公が受け入れる理由は別途必要になります。

もちろん、主人公自身が性的な行為を望んでいるキャラクターにすることもできますし、そういう作品もあります。


ただ、自分はここで男主人公の方が合理的だな、と思います。

男主人公の場合、例えば「女性との性的なイベントを経験したい」という主人公自身の欲求を設定することで、「プレイヤーがシーンを見たい」という欲求と、「主人公がそのシーンに至りたい」という欲求を比較的素直に一致させられるからです。

もちろん、これは「男主人公なら合理的、女主人公なら不合理」という話ではありません。女主人公でも、主人公自身の欲求や価値観をきちんと設計すれば成立します。

むしろ自分が言いたいのは、記事で語られている「少ない工数で作品を成立させる」という制作側の合理性とは別に、「プレイヤーが欲しい報酬と、主人公がその報酬を得ようとする動機をどう一致させるか」という、ゲーム内の合理性もあるのではないか、ということです。

自分が男主人公のエロRPGを好むのは、後者の合理性を比較的自然に成立させやすいと感じているからなのだと思います。

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