文章力とはなにか
こんにちは、どにちです。
ものものしいタイトルの記事ですね。
文章力ってなんでしょう。よくわかんないけど欲しいですね。
絵が上手いと言っても配色がきれいとか、アニメーションが書けるとか、立体感がすごいとか、資料も見ずに精巧なメカを描けるとか、逆に現実に存在しないものをそれっぽく描けるとか、女の子がすごく魅力的に描けるとか、背景をかっちり描けるとか……
まあ、いろんな項目があって、そのすべてを網羅している必要はなさそうです。
弊サークルのメンバーも躁の時は「背景が描けなくても、女の子が超絶魅力的に描ければエロゲーは作れるんだよ!!」みたいなことを口走りながら絵を描いています。
このように、文章についても、やはり上記絵のたとえと同様にさまざまな項目を列挙し、個別のうまさへと細分化できるように思います。語彙が豊富とか、キャラのかけあいがうまいとか、筆が速くて日に数万字かけるとか、また、紙への書字なら達筆であることも例に挙げていいかもしれません。
また、ゲームのためのライティング(文章)となると、やはりその道の先達に学ぶべきでしょう。
今年の3月ごろ、ファミ通さんの企画でDQの堀井神とパラノマサイトの石山さんの対談記事が発表されまして、
それはもう天上の神々のコラボですからありがたく読ませていただきました。
どこを切り取っても勉強になるのですが、今回話題にしたいところを引用させてもらいます。
> 石山 『パラノマサイト』も、ボイスがないからこそ最後の最後までテキストで微調整ができるので、ものすごく助かっています(笑)。
> ――部分的なパートボイスならまだしも、フルボイスはそう簡単に直せませんよね。
> 石山 やっぱり、最後まで融通が利きやすいのはテキストなんですよ。帳尻が合わなくなっても、文字で説明することでなんとかできますから。
> 堀井 あと、テキストの修正は、ほとんどバグが出ないんですよね。フラグやプログラムを変えるわけじゃないので。だから開発の終盤でもいじりやすいんです。
ライティングの中でも、ゲームのためのライティングに特有のお話をしていますね。
堀井神がわかりやすくまとめてくださっているので、自分がここで重ねて説明することもありません。
似た話が『RPGのつくりかた』という本にもありました。
メタファーをつくったアトラスのスタッフさんが集まっていろいろお話しているもので、そのなかでライターさんが、ゲームの文章のことを「矛盾の最終処分場」と表現されていました。
指すところとしては上記の石山さんのおっしゃる「帳尻が合わなくなっても、文字で説明することでなんとかできますから」と同じことでしょう。
ゲームとは体験で、ゲームライティングは体験を支えるためのものです。
ライティング(文章)そのもので一字千金の故事じみた完璧を目指す必要はなく、むしろ他の要素との兼ね合いのバランサーとして絶えず調整が続く部門なのかもしれません。


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